【梅田みか】新・愛人の掟

梅田みか】新・愛人の掟(2001/1/25)

■p133
 一生愛人で、ちゃんと愛人している人っているんでしょうか」というあなたの質問には、もちろんいる、と答えることができます。でも、そのような状況で素晴らしい人生を送っている女性はみな、恋愛を心から楽しむだけの豊かな人間性と、お互いの立場をわきまえたスタンスを持ち、すべての面で彼によりかかることなく自立している人たちばかりです。彼女たちは決して社会的に認められないことを寂しく思ったり、果たされない約束を待ちつづけたり、愛人という立場に卑屈になったりしません。それは彼女たちが自分で選んだ人生だからです。ひとりで生きる覚悟を持っている人だけが、ふたりで生きていくことができるのです。

 

■p166
 ◎陥りがちな恋のフレーズ≪不倫だけはしないと心に誓っていたのに≫

 不倫の恋に悩む女性たちの中に、「不倫だけはしないと心に誓っていた」人は驚くほどたくさんいる。親に不倫だけはするなと言われて育てられてきたり、父親が愛人をつくって出て行ってしまい、悲しむ母親の姿を見ていたり、不倫の恋をする友人を反対し続けていたりする場合が多い。

 彼女たちは長い間、不倫の恋を「いけないこと」として封印してきた。「悪いこと」として軽蔑し、目を背けてきた。それなのになぜ、彼女たちはそこまでの「誓い」を破ってまでこの恋に足を踏み入れるのだろう。実際、彼女たちは自ら不倫の恋に落ちたとき「まさかわたしが」「わたしだけはしないと信じていたのに」と、自分自身に強く失望してしまうのだ。

 でも、失望することはない。なぜなら、しては「いけないこと」はあっても、しては「いけない恋」はないのだから。

 不倫の恋を「いけない恋」として封印するのはとても簡単なことである。確かに正論ではあるから、反論を受けることも少ないだろう。でも、正しいことを言っているように見えて、これは実に多くの問題を含んでいる。もう、倫理観や道徳だけで愛を語れる時代ではない。不倫の恋を「いけない恋」として目を背け続けられる時代ではない。独身の女性も男性も、既婚の男性も女性も、親も子も、誰もが、古くから続いている既成概念を打ち崩さなくてはならないときにきている。すべての立場の人がこの恋の存在を認め、しっかりと把握していなければならない時代なのだ。

 独身同士の恋が真っ当で、不倫の恋は悪いこと。結婚を幸福、離婚を不幸。そんなふうにすっぱり割り切れるものではないことは明らかではないか。

 あなたが今、不倫の恋に落ちたのは偶然ではない。「不倫の恋だけはしない」と誓った人ほど、この恋に深くのめりこんでいくのは、自分の中に一大革命を起こす必要があったからなのかもしれない。幼い頃から心に刻まれた呪文から抜け出して、自分の人生を歩きはじめた証なのかもしれない。

 逆に「不倫の恋だって普通の恋愛とあまり変わらないんじゃない?」というような見方をする人は、かえって不倫の恋を経験しないで歩いていったりする。自分に失望する前に、新たな目を持ってみることが大切である。


 ≪してはいけないことはあっても、してはいけない恋はない≫

 

■p176
 ◎陥りがちな恋のフレーズ≪わたしの努力が足りないの?≫

 不倫の恋に行きづまったとき、誰もがふたりの間にそそり立つ障壁の前で、自分の無力さにうちひしがれる。そしてなぜ、どうしてその壁を越えられないのか、その理由を考えはじめるだろう。そのとき「自分の努力が足りないからだ」という結論を出す人がいる。「自分に魅力がないからだ」というのもこれに近い。

 これは、どんなことも努力によって解決する、という考えのもとに成り立つ発想である。「自分の努力が足りない」という結論に至るのは、これまでの人生を、すべて自分の努力によって切り開いてきた優秀で真面目な女性に多い。

 彼女たちは努力していない自分を責め、苛立ち、自分で自分を追い込み、苦しめていく。そのうち「こんなに努力してもうまくいかないのは彼の奥さんが悪いのだ」などとその矛先を変えていくこともある。どちらにしろ、この発想を転換しないかぎり、いつまでも同じ場所で立ち尽くすことになる。
  
 あなたがもし、自分の努力不足を責めているのなら、こんなふうに考えてみてはどうだろうか。

 不倫の恋は、あなたの努力によって何とかなるものではない。不倫の恋の道をふさぐ障壁は、たとえあなたがどんな努力をしても、あなたがどんなに魅力的でも、まず越えられることはない。もしあなたの身近で不倫の恋を成就させた人がいたとしても、それはたまたま幸運が重なり合って生まれた偶然の結果であって、彼女の努力によるものでは決してない。

 それが不倫の恋でなくても、どんな恋も努力によって成就するわけではないのだ。これは恋愛にかぎったことではなく、努力によって達成したと思っているほとんどのことは、幸運に助けられていたり、知らず知らず周囲のバックアップが存在しているものである。
 
 だから恋に努力など必要ない、と言っているのではない。恋はお互いの多大な努力なくしては成立しない。現に今の恋も、あなたの努力によって支えられ、ここまで歩んでくることができたのだ。ただ、それが自分の思うような方向に進んでいかなくても、それはあなたのせいではないということなのである。

 努力によって何とかなるものではない、ということを知った上で、あらゆる努力を続けること。それがあなたの恋を次のステップに進めるのだ。


 ≪恋は努力によって成就しない≫

 

■p202
 ◎陥りがちな恋のフレーズ≪死んでしまいたい≫

 いくら不倫の恋がつらいからと言って、何もそこまで思いつめることはないだろう、という人もいるかもしれない。そんなことを考えるのはやめなさいというのは簡単だが、不倫の恋に苦しむ女性たちの心の叫びにもっと耳を傾けるべきではないだろうか。

 「死んでしまいたい」という心の叫びに、家族やまわりの人々はひどく動揺し、一体彼女に何があったのかを追及しはじめる。不倫の恋に何か大きな事件があったからこそ、死を考えたりするのだと信じて疑わない。けれど実際には大きな事件など何も起こっていないケースがほとんどである。かえって、いいことにしろ悪いことにしろ、何か大きな動きがあったのなら、彼女は「死んでしまいたい」などとは思わないはずだ。彼女を精神的に追い詰めていったのは、大きな変化ではなく、この恋の変わらない日常なのである。

 彼を愛している。でも彼とは一緒になれない。不倫の恋の苦しみのほとんどはこの基本的な構造から発している。様々な段階を経て、様々な努力をし、長い時を重ねても、結局最後はここに戻る。いちばん好きな人と決して一緒になれない人生なら、もう生きている意味はない。彼女たちの「死んでしまいたい」理由はいたって純粋でシンプルなものなのだ。

 だから、もしあなたがこの恋の中で「もう死んでしまいたい」と思うことがあったら、原因を究明しようとしても無駄である。「死んでしまいたい」という思いはあなたの中でごく自然に生まれた願望なのだから、無理に詮索したり抑え込もうとするのではなく、まず自分自身を認めてあげることが大切だ。

 そして「死んでしまいたい」と思うことが異常だとか、悪いことだとか、自分は弱い人間だというような認識を捨ててほしい。なぜなら「死んでしまいたい」という気持ちの半分は、必ず「死んで生まれ変わりたい」という気持ちが含まれている。この上なくネガティブに感じられるこの思いが、実は非常にポジティブな側面を持っていることには驚かされるほどだ。あなたは今、最大のピンチである反面、最大のチャンスを手にしているのである。「死んでしまいたい」と思えるあなただからこそ、必ず生まれ変わることができるのだ。

 もちろん、これはあなたの解決になることではないかもしれない。けれど、あなたの状況を脱する第一歩であることを願っている。苦しみの底にいるあなたに、ここまでしか手を差し伸べられないことを許してほしい。


 ≪死んでしまいたいと思えるからこそ生まれ変われる≫