【東田雪子】育毛の真理

【東田雪子】育毛の真理(2009/5/15)

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 ある日、小学校3年生の少女をともなった母親が来訪した。お母様は、少女の側頭部を示して、「1年生の夏頃、ここらへんに小さな十円ハゲができたんです」という。少女は何の感情も見せず、母にされるがままでいた。

 その少女の頭には、髪がほとんどない。まるで髪でつくられたスダレをかぶっているようにも見える。

 お母様は、
 「十円ハゲを見つけた時はびっくりしました。女の子がハゲになったら困るので、さっそく病院に行きました。塗り薬と飲み薬をいただいて、一生懸命手当てをしたのに、ハゲがだんだんひどくなって……。最初は一つだけだったのが、大きいのや小さいのが、どんどんできてしまって」

 「良いといわれると、どこでも行きました。テレビでやっている育毛サロンにも、全部行きました。それなのに、ひどくなったんです。医学書も片っ端から読みました」

 そして、そんな時、書店で拙著『確実に利くハゲ治し理論』(たちばな出版)を見つけて、「これだ」と思って、「飛んで来た」という。

 少女は、母が、これまでに受けた治療法や施術法、使用した育毛剤や薬物などを、細々と説明する横で、落ち着かない様子で、時々、チラチラと上目遣いに私を見る。

 その鬱屈した様子に、私は少女をそっと抱き寄せて、「お母さんにお願いしたいことがあったら、おばちゃんに話してみて。そしたら、おばちゃんがお母さんにお願いしてあげるから」と、耳元で小さく言った。

 すると、少女は、もじもじと体をくねらせながら、「痛いことされるのがイヤ」「学校を休みたくない」「病院はイヤ」と、小さな声で、訥々(とつとつ)と訴えた。

 私は少女のいたいけな様子に、胸がつまる思いがした。少女の悲劇は、お母様をはじめ周りの大人が、髪と頭皮についての正しい認識を持たなかったがゆえに、もたらされたものだったからである。

 話を聞くまでもなく、少女の頭に十円ハゲ円形脱毛)が生じたのは、ストレスが原因であったと判断される。

 だから、周囲の大人は、脱毛現象ではなく、少女が抱え込んでしまった、問題点を聞き出して、対処すべきだったろう。

 私は、お母様に対して、円形脱毛のメカニズムと、髪が生える仕組みなどを根気よく話して、「お嬢様の場合は、頭皮を清潔に保てば髪が再生します。今日からは、塗り薬、飲み薬、育毛剤などを一切使用されないで、シャンプーとコンディショナーだけを使用してください。数ヶ月もすると、元通りになります。病院や育毛サロンに通う必要はありません」と伝えた。

 伝えながら、母の心中を慮って、胸が痛んだ。どんなに慎重に言葉を選んでも、私が伝える内容は、ご家族のこれまでの苦労と努力を否定するものだったからだ。

 娘のためにと思って莫大な費用を投じて、必死にかけずり回った日々が、すべて無駄であったばかりか、逆に、娘の脱毛を進行させてしまった事実を、素直に受け止められるほど、人は強くない。

 「そうですか。これで安心しました」という言葉とは裏腹な、複雑な反応にふれて、私の心は重く沈んだ。私のアドバイスと、少女の願いが、母の心に届いているとは、思えなかったのだ。

 嬉しそうに、小さく手を振りながら去ってゆく少女の後ろ姿が、心痛をともなって私の目に焼きついた。

 私はこの日、改めて、一人でも多くの人に、髪と頭皮の正しい知識を伝えるための努力を、決して惜しまないことを、強く、心に誓った。