【イビチャ・オシム】日本人よ!
※以下抜粋
■p23
何よりもまず他人よりも優れているものを伸ばしていく、というのが私の考えの根本である。
■p27
私の言うリスペクトとは、「すべてを客観的に見通す」という意味である。
■p29
「私たちは自分たちのプレーをするつもりだ。相手がどうであろうかなんて私たちが気にすることじゃない」これは既に相手を過小評価しているということである。
■p40
今の世界は、コンピュータもあれば、テレビもある。テレビの中で誰が何を言っているかを見聞きし、インターネットを見て何かを知る。他にも情報を得られるものはいくらでもある。それに慣れてしまうと、誰か知らない人に操られ、自分の考えをもう持てなくなってしまう。
■p40
まずは自分の頭で考えて欲しい。日本人は世界最高のものを模倣している。まずそれをやめるのだ。客観的に自分の力を見極め、そこから自分の道を探して欲しい。その先にのみ、栄光は待っている。
■p44
日本の教育の問題は、長年にわたって罰を与えてきたシステムにあると、私は考えている。どんな小さなミスでも罰せられると考え始めた瞬間に、人は罰せられないように何もトライしなくなる。
■p45
お互いのコンタクトは一見小さなことのように見えるが、実は多くの場面で選手を大いに助けることになるのだ。これが「水を運ぶ」ということであり、助けるということなのである。
■p49
サッカーは数字で計ることのできないスポーツである。だが多くの人たちは、統計的にサッカーを表そうとしている。パス本数、シュート本数、ボール支配率……。そんなものに何の意味、何の価値があるというのか?(中略)試合後にボール支配率を尋ねて何になるのだ? それは明らかに愚かなことである。決定力こそ大事なのだ。
■p50
誰もがサッカーを数字というものに変えたがっている。それは、テレビ観戦をより簡単にするためであり、同時に解説者やコメンテーターが楽になるためだ。
■p51
サッカーがビジネスへと変化している。
■p64
背が高い低いは関係なく、私たちは持ち合わせたもので生きていくしかなく、そこに何か重大なカギがあるのである。
■p108
キャプテンは常に最高の選手である必要はない。どんなプレーをするかには関係なく、むしろキャプテンは常に他の全員に尊敬される人物でなければならないのだ。
■p126
逆説的だが、中心選手もしくは最高の選手が、実際には最も弱い選手となりうる。スタープレイヤーがウィークポイントなのだ。
■p151
あるクラブがフォワードに二人の外国人を抱えるようなことが起こったなら、そのクラブは決定力と結果を得る方に向かうが、日本サッカーの発展には向かわないことになる。
■p164
優勝チームの模倣は愚かなことである。
■p171
自分自身の考えを持つことよりも、書かれたものやテレビで話されたことを信じる方が楽なのである。これはサッカーだけの話ではない。
■p179
現在はすべてにおいて商業主義なのである。