【長谷部誠】心を整える。

長谷部誠心を整える。(2011/3/17)
※以下抜粋

■p24
 「監督は自分のことを分かっていない」などというのは、試合に出られない選手の定番の愚痴だ。僕は愚痴を言わないようにしている。

 

■p119
 僕は本を読んでもその内容を鵜呑みにはしない。疑うわけではないけれど、まず自分の場合はどうだろうか、この意見に同調できるだろうかと考えてみるのだ。自分に通じると思うときもあれば、当然ながら違うと思うときもある。

 

■p156
 あくまで僕個人の意見としては、ゲームやインターネットに時間を費やしすぎるのはもったいないことだと思う。サッカーゲームをすれば、ピッチを俯瞰して見ることができて、サッカーの役に立つという意見もあるかもしれないが、そうであったら、実際のサッカーの試合をテレビで観た方がよほど勉強になる。それに映画を観たり、読書をしたり、語学の勉強をするなどした方が、はるかに自分のためになる。

 遊びたい気持ちも分かる。誰かに心の隙間を埋めてもらいたいと思う気持ちも分かる。でも、ほどほどにしないといけない。自分で自分にけじめをつけなければならない。

 息抜きも、度が過ぎたら時間の浪費だ。

 

■p173
 まわりの選手を見ていると、夜遊びをして、たくさんお酒を飲んでいる選手ほど筋肉系のケガをする確率が高かったのだ。

 

■p183
 次の岐路は高3の秋。藤枝東高校サッカー部が静岡県予選で優勝し、インターハイに出場できたおかげで、僕は都内の私立大学の推薦を取ることができた。それを両親とともに大喜びしていたら、浦和レッズからオファーが来たのである。僕は県内においてもほぼ無名の存在で、プロなんて夢にも思わなかった。当然、両親は「大学に進学しなさい」と、プロ行きには猛反対した。

 だが、スカウトの人から自分の評価を聞いているうちにだんだんプロで自分の力を試したいという闘志がわきあがってきた。明らかに根拠のない自信なのだけれど、何だかやれるような気になっていた。僕は両親に「大学の推薦を断って、レッズに行きたい」と告げた。

 うまくいけば、レッズという名門クラブのレギュラーになれる。しかし失敗すれば、大卒という肩書きを失ったうえに、就職さえままならなくなる。

 そんなリスクある人生設計を両親が許すわけがない。僕を説得するために中学時代にサッカー部の監督だった滝本義三郎先生にお願いして、四者面談の場が設けられた。恩師の滝本先生が止めれば、さすがに息子はプロ行きを諦めると思ったのだろう。

 滝本先生は、面談でこう訊いてきた。「県内で一番と言われている選手が清水エスパルスに入団するのは知っているか? オマエはあの選手以上のプレーをできるのか?」

 僕は決心を試されているのだと思った。だから、あえて強い口調で言い切った。「できます」

 あとでわかったのだが、滝本先生は事前にいろいろな人に、僕がプロで通用するかを聞いていてくれたらしい。先生が得た答えはイエスだった。滝本先生は「決意がそんなに固いなら、私も応援する」と言ってくれた。

 最終的に僕は両親を説得することができた。今、長谷部家では、「あのとき大学に進んでいたら、今頃、どうなっていただろう」とよく話している。

 

■p186
 道に迷ったときは、「どちらが難しいか」を考えると同時に、「どちらが得るものが多いか」も考えるようにしている。たいていの場合、「難しい道」と「得るものが多い道」は一致するが、そうではない場合もある。それは自分が今いる場所で、まだ何かをやり遂げたとは言えない場合だ。

 ワタミグループ創業者の渡邉美樹さんが、著書の中でこんなことを書いていた。

 「最近の若者は、会社をすぐ辞める。今の仕事が自分のやりたいことじゃないから、次を探す、という感じで。でも、今いる会社で与えられた仕事をできないのでは、転職先でもできるわけがない。だから今の会社で我慢して、自分でほんとうにできたと思ったときに転職すればいい。それをやらずに人のせいにしたり、自分とは合わないからという理由で、すぐに辞めていく若者が多すぎる」

 僕は渡邉さんの考えに大賛成だ。挑戦と逃げることはまったく違う。もし今いる場所でまだ何もやり遂げられていないのなら、新たな道を探したりせず、そこに留まる方が「得るものは多い」はずだ。

 レッズから海外に移籍しようと思ったとき、僕はすでにJリーグ、天皇杯ナビスコカップのタイトルを手にしていた。次の「難しい道」に進む準備はできていたと思う。一方、ヴォルフスブルグでは2009年にブンデスリーガで優勝したものの、1年間を通してレギュラーとして出場するという目標はまだ達成できていなかった。だから、’10年4月下旬に契約を延長するか迷ったときには、「まだヴォルフスブルグでやり残したことがある」と考え、クラブに留まることを選んだ。

 

■p188
 僕には今後のサッカー人生のなかで、絶対にやり遂げたいことがある。それが何かは、実現するまでは秘密にさせてほしい。誰にも言わないつもりだ。

 その目標はすごく高いところにあって、もしかしたら自分が高校生からJリーガーになったのより難しいことかもしれない。それでも自分は、絶対にやり遂げたいと思っている。

 ちょっと背伸びをしたら、向こう側が見えてしまうような壁では物足りない。背伸びをしても、ジャンプをしても、先が見えないような壁の方が、乗り越えたときに新たな世界が広がるし、新たな自分が発見できる。今、ヴォルフスブルグでプレーしていて、焦りもあるし葛藤もある。けれど、そういう苦しみがあるからこそ挑戦は楽しいと思う。だからこそ僕は常に「難しい道」を選び続けられる人間でありたい。