【幕内秀夫】粗食のすすめ

幕内秀夫】粗食のすすめ(2000/10/10)

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 私たちがダイエットや食生活について考えるとき、もっとも頼りにしているのが栄養学(食品栄養学)だ。しかし、今まで述べてきたように、それにはいくつもの欠点がある。

 戦後の栄養学が犯した大きな過ちに、「ご飯ばかり食べていると栄養のバランスがとれない」というものがある。欧米の食生活にならって、牛乳を飲み、チーズや肉を食べたら野菜も食べ、そこではじめてバランスのとれた食事になるというのだ。

 しかし、そうだろうか。「バランスのとれた食事」の「バランス」とはいったい何なのだろう。ここでは、今まで述べたことと別の見地から示したい。

 例えば、北極圏に住むイヌイットの人たちは野菜はほとんど口にせず、アザラシや白熊の肉を主食にしている。パプア・ニューギニアの高地で暮らす人々は、1日に1キロ以上のサツマイモを食べ、それ以外はきわめて少ない。

 日本でも、大正10年頃までは、1日に米391グラム、茶碗で6杯は食べていた。しかも、これは乳幼児も含めた全国民の平均だから、成人はもっと食べていたことになる。それでも、当時の日本人やイヌイットは「栄養のバランスが悪いためにとくに病弱だった」という話は聞いたことがない。むしろ「バランスのとれた食事」をしているはずの現代のほうが、貧血やアレルギー疾患などの慢性病が増えているのだ。

 一体どうしてなのだろう。

 それは、イヌイットやパプア・ニューギニアの人たちが、自分たちの生まれ育った土地のものを食べているからだ。過去何千年という歴史のなかで、先祖たちが食べては捨て、食べては選んで、ようやく作り上げた食習慣を守っているからなのだ。そうした伝統的な食習慣は、世界中どこでも、その土地に育った人の体質に一番合うものがあるはずなのである。

 ところが、現代の私たちがお手本としてきたのは、そもそも、日本の伝統的風土に根ざしたものではなく、日本とはまったく違う風土で育ってきた「ドイツの栄養学」なのだ。「稲が育たないから麦をつくってきた」土地の食事を、「稲作に適した」土地に住む人々が無理矢理マネしてきたのだ。

 戦後約50年の食生活は、何百年、何千年もかけて伝統食が育んできた日本人のからだに、別の土地の伝統食を与えてきた歴史だといえる。納豆を食べない欧米人に「バランスが悪い」とはいわないが、チーズの嫌いな子どもには「栄養が偏る」と叱る。これほど「バランス」の悪いことがあるだろうか。

 


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 「現代人はビタミン、ミネラルが不足しています。普段の食生活では十分にとることができません」

 「ビタミン剤のような錠剤を飲むことも現代人の知恵なのです」

 よく耳にする言葉だ。

 たしかに、現代の食生活はこれまでに述べてきたように、精製品だらけ。野菜にしても、化学的農法、ハウス栽培が増え、ひと昔前の野菜とは成分も変わってきている。ある種のビタミンやミネラルが不足していることは事実である。

 しかし、ここに大きなウソがあることを知る必要がある。

 例えばビタミンについて考えてみよう。私たちが生命を維持するために必要なビタミンがいくつ必要なのか、答えられる人はいない。答えられるとしたら「現在までに分かっている範囲では……」という条件が付く。将来、私たちが生きていくためには100.1000のビタミンが必要だということが分かる時代がくるかもしれない。

 実際、鈴木梅太郎がビタミンB1(命名者はフンクだが)の存在に気づいたころは、ビタミンB1しか分かっていなかったからビタミンと呼ばれていた。ところが、その後、様様なビタミンの存在が分かって、B1・B2・C・D……と増えてきたのである。

 必要なビタミンの種類も数も分からないのに、何が不足しているのか分かるはずがない。ましてや、それを補うことなどできるはずがないのである。むしろ、ビタミンやミネラルがいくつ必要なのかそんなことは重要ではない。大切なのは、そんなことは知らなくても生きてきたという事実だ。

 大きな不都合がなかったということは、ビタミンもミネラルも過不足なくとれていたということではなかろうか。だからこそ、普段の食生活を見直すべきなのである。大きくいえば、農業や食品産業、流通などの問題も真剣に考えなければならないのである。

 そのような問題にふれず、これさえ飲めばいい、という錠剤信仰は非常に危険なブームだといわざるを得ない。そして、この安易な風潮には人体の危険性があることも知っておく必要がある。食物に含まれているビタミンやミネラル類なら、とり過ぎるという心配はない。だが、それらを食物の中から取り出し、あるいは合成したものを多量に摂取した場合の安全性については十分に研究されてはいない。脂溶性ビタミンのA、E、D、Kなどについては皮膚炎や脱毛などの報告がある。

 何らかの病気で、多少の害があっても使わざるを得ないという事情があるなら分かる。ただし、その場合は医療機関などに相談の上で使うべきだろう。

 健康維持のために、安易に錠剤に頼ることはすすめられない。それよりも、普段の食生活を見直す方がはるかに大切なのである。